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2010-11-30 12:03 | カテゴリ:history
大人になってわかること…

 数年前、自作のスタンドを作ってみた。時代劇に出てくるような行灯が欲しくて。まだまだ、腕も未熟だったため、本当見よう見まねで作りました。そのとき、行灯に何を書こうかと…、と考えたとき、頭に中で好きな漢詩が浮かんできました。

「よし、それで行こう」

そう思ったのが、李白の『月下独酌』でした。
高校時代、漢文は大好きでした、とはいえ漢文の文法とか何やらは正直ちんぷんかんぷんです。ただ、中国史が好きだったおかげで、『史記』やら『十八史略』とかは興味津々で読んでおりました。ですから教科書の『四面楚歌』なんかはもう黙っていても暗記していたほどです。

ただ、悲しいことに受験向けの漢文の授業が面白いはずがありません。
漢詩なんかも、当時は大して興味ももっていません。ですから李白とか杜甫とか聞いても「ふーん」でした。

 ちなみに北宋の時代、保守派の政治家であり詩人の蘇軾は王安石の新法にやぶれ、左遷されちゃいます。左遷地で蘇東坡と名乗り、そこで豚の角煮を作ったからその料理を「東坡肉(トンポーロー)」って言うんだと世界史の授業で話したりすると結構生徒は「へー」っと関心を持ってくれます。ただ蘇軾という詩人が『赤壁賦』という漢詩を作ったというより、その人物が見えてくる気がします。

 高校生の時分、酒を飲むという行為の本当の意味を知っていたとは思えません。ですから李白の漢詩を読んでも何だかよくわからなかったのだと思います。


遥かなる雲漢に…



『月下独酌』

花間一壼酒 (花間一壷の酒、)
獨酌無相親 (独り酌んで相親しむもの無し。)
舉杯邀明月 (杯を挙げて名月を迎え、)
對影成三人 (影に対して三人と成る。)
月既不解飮 (月既に飲を解せず、)
影徒隨我身 (影徒らに我が身に随う。)
暫伴月將影 (暫く月と影とを伴い、)
行樂須及春 (行楽須らく春に及ぶべし。)


我歌月徘徊 (我歌えば月徘徊し、)
我舞影零亂 (我舞えば影零乱す。)
醒時同交歡 (醒むる時ともに交歓し、)
醉後各分散 (酔うて後は各々分散す。)
永結無情遊 (永く無情の遊を結び、)
相期遥雲漢 (相期す遥かなる雲漢に。)

花が咲いている場所に酒を持ってきたのだが
そこには、共に飲んでくれる友もいない(ま、いいか。)。
だったら杯を高々と挙げて、夜空の月と飲もうじゃねぇか!
おお、月と俺と俺の影、これで仲間が三人になった。
ま、月は酒を飲まないし、
影はひたすら俺の周りに随うだけだ。
ともかくこの春の夜、しばらく月と影と一緒に楽しもう。

俺が歌えば月がゆらゆら、
俺が舞えば影は激しくゆらめく。
しらふの時は一緒に楽しみ、
酔った後はそれぞれが別れていくもんだ。
月と影という、この無情なやつらと楽しんだあと、こう言うんだ。
「また遥かな天の川で一緒に飲もうぜ!」


月と飲む


 独りで酒を飲む…少なくとも高校生の飲み方ではないですよね(注:法律により未成年の飲酒は禁止されております。念のために!)
李白は、おそらく周りにいつも人が集まってくるタイプの男だったでしょう。だから、楽しく陽気に馬鹿騒ぎしながら酒を楽しんでいたはずです。

 酒の上での失敗も多かったようで、宮仕えした時、玄宗皇帝お気に入りの権力を持った宦官に対し、酔って「おい、宦官!俺の靴を脱がせろや!」と叫び、満座の前でそれをやらせたそうです。おそらく評判の悪い宦官でしたので、周囲は李白の行為に溜飲が下がったことでしょう。でも彼は即、左遷されてしまいます。こんなエピソードを知ると、たちまち李白という男が魅力的になりますよね。

 高校の受験国語の時間の彼は、取り澄まして「詩仙」とかいう肩書きで呼ばれる偉い男でした。でも少し調べてみると、ソグド人系(イラン系)の男で、身体も大きく、若いころは無頼で任侠の世界にいたこともあったようです。イラン系となると何だかダルビッシュなんかをイメージしてみたりすると面白いかもしれませんね。そして、その後、仙人になるため道士の修行に入ったそうです。

 その後の彼は漂泊を続け、詩と酒と旅と女、そして月を愛していきます。

玄宗皇帝に気に入られ、宮廷に仕えるも、そんな生活に彼が耐えられそうにもありません。宮廷にはおそらく彼の求める自由は無いだろうし、心から信じられる友もいない。そこにいるのは彼におべっかを遣い擦り寄ってくる類の人間と彼の才を妬み、足を引っ張って追い落とそうとする輩たち。

 そんな煩わしい人間関係の中で飲む酒が旨いはずはありません。月と影とに飲む李白はどこか自由でどこか悲しげです。先の宦官とのトラブルはそう考えると、都から離れ自由になろうとした為の行為だったのかもしれません。

 李白の最期は病死のようですが、異説があります。私は出来ればこの異説を信じたいです。

 李白は、船を浮かべ、独り水面に映る美しい月を楽しみながら、独り酒を飲んでいた。そして、彼は水面に映る月を取ろうと手を伸ばし… 水中に消えていった。そういう最期だそうです。

 何だか間の抜けた、でもどこか悲しいラストです。でもこちらの方が李白らしいんです。

 月と飲む…酒を飲んで半殺しにされた、どこぞの天狗歌舞伎役者にゃわからん、酒の楽しみ方じゃないですかね。
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